最初に感じた違和感はただの驚きでしかなかった。
彼はそれをただのイレギュラーだと解釈し、計画に手を加えない。
その場で取り繕うような行動を起こしてしまうと長年かけて築き上げた計画を阻害すると判断したからだ。
自らの立てたプランが最上であり、絶対であると自負している彼は、その驕りによって計画の歪みを見過ごしてしまう。
そして刻一刻と悪化していく自らの状況を見せつけられていくのだ。
気がつけば既に取り返しのつかない程に計画は崩壊しており、後はただ流れに身を任せることしか許されなかった。
それでも彼は、挫かれた鋭気を取り戻す為に自らを鼓舞し、強がった。

「私達の部隊は完全に目標の奇襲に成功したはずだ。
 だからこそ、目標地点を制圧する事が出来た上に、第二作戦である人質の確保も容易に達成した。
 計画通りのはずだ!」
「計画など、状況に応じて変更する事が出来なければ、ただの空論に過ぎない」

不意に、彼の背後から声がした。
敵かと思い、彼は振り向くがその先に居たのは一人の少女だ。
叫びながら激昂する彼に呆れているのか、壁に背を預けながら彼に語りかけていた。
いつからそこに居たのか、彼には分からない。
熱くなりすぎていたのかもしれないし、彼が気配を隠す事に長けていただけかも知れない。
しかし、彼にはそれを判断する冷静さが既に失われていた。

「くっ……
 黙れ!
 貴様等が居なければこのような事に!」
「悪事を邪魔されたからといってそこまで怒らなくてもいいだろう」
苦し紛れに怒鳴り散らしてみるが、相手は怯まなかった。
その人影は一見すると幼い少女にしか見うけられないのだが、纏っている雰囲気は見た目とはまったく真逆である。
男ならば捻り潰せるような外見とは違い、どことなく大人びているのだ。
それは子供が背伸びをして見せかけているだけの急造品ではない。
年齢を重ねているからこそ生まれる渋みや艶などである。
相対している彼にも、その少女の凄みが伝わってくるのだ。
口調は落ち着かせるよう冷静に、表情は母のようにやさしく微笑みながら語りかけているに過ぎないはずなのだが、一つ間違えてしまえば自分などあっさりと叩き潰されるという強迫観念に囚われかけてしまう。
一瞬でも気を抜く事など、出来はしない。
この少女こそが自らを追い詰めた元凶である事を、彼は生来の勘の良さでとっさに悟る。
そしてその判断はあながち間違いではなかった。

「悪事だと?
 所詮、何も知りはしない子供には分からん!」
「何も知らないか。
 確かにそうだろう」

意外にも、彼が苦し紛れに吐き出した言葉に少女はあっさりと同意した。
彼には意外な反応であったが、このまま奴を論破する事が出来れば流れが変わるかもしれないと彼は考える。
が、所詮は甘い考えに過ぎなかった。

「そうだろう?
 私達が何を信じ、何故このような行動を起こしたのか、お前は全く知らないから言えるのだ」
「そうだな。
 だが、どのような理由があるにしろ、悪事をしていい事には繋がりはしない。
 絶対にだ!」

図に乗って相手を侮ったのが彼の落ち度である。
その過ちを彼はもう一度犯してしまった。
雄弁に語りだそうとする彼の言葉は、突然発せられた少女の確固たる意志に基づくであろう激しい一喝にあっさりとかき消されてしまう。
彼は何かを言いかけようとし、しかし何を言っても論破されてしまうと考えてしまう悪循環に陥ってしまった。
仕舞いには言葉にならない言葉の切れ端を漏らすことしか出来なくなる。
その様子を見て、少女は最後の警告を与えた。

「私も同類だ。
 あまり大層な事を言えた身分では無いが、此処で自首をするのなら知り合いに減刑を願い出よう」

しかし、警告と言うには余りにも優しすぎる口調であった。
その言葉を受けて彼は少女の提案を受けるかどうか悩んでしまう。
既に勝機は存在しない。
後はただ、敗北が決定するその瞬間まで、状況を眺めている事しか彼には許されていないのだ。
冷静さを失った彼ですら、それは理解出来た。
しかし、理解は出来ても納得が行かないのが世の常である。
何故我々が負けなければならない。
我々の運が悪かっただけと言うのならばこれから幸運の風が吹き荒れると。
彼は膝を屈して降伏するという目先の屈辱よりも、存在しない希望を目指して徹底抗戦するという愚かな選択肢を選んだ。
存在しない幻の面子を賭けて。

「……自首など、しない」

彼はうめく様にそう告げると、手に持っていた杖を掲げる。

「そうか。」

少女はそれが交戦の意思だと判断すると、まるで自らの事のように悲しげに呟いた。
そして、クナイのような物を取り出して相手の動きを窺う。

これ以上、二人の間に言葉は必要なかった。


Back     TOP     Next