ウェンディが集合場所の中をちらりと覗いてみると、既に他の姉妹たちは全員揃っていた。
ゲンヤやギンガも一緒におり、ウェンディ達に気づいたゲンヤがさっさと入ってこいと言わんばかりに手招きをする。
ウェンディは遅れましたーと言いながら、まるで気にした風も無くどかどかと入っていった。

「おっせーぞウェンディ」

遅れた割には一向に気にしないウェンディに対して、ノーヴェは開口一番に怒鳴り声を上げる。
ストレスが溜まっているのか、いつもの短気さに磨きがかかっていた。
ウェンディにとっては迷惑この上ないのだが。

「時間には間に合ったんだからいいじゃないッスか。
ノーヴェはもうちょっと大人になるッス」
「おめーに言われたくはねー!」

いきなり怒られたウェンディはその言葉が癇に触ったからか挑発的な態度で返す。
ノーヴェはその瞬間、真っ赤になって拳を振り上げたがウェンディは身を翻してあっさりと避ける。
いつもよりも力が籠ってるなとウェンディは感じるが、謝るつもりは無かった。
それこそ本気で殴られたら確実に避けれない距離だったはずだからだ。

「てめ!
ウェンディ待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ馬鹿は居ないッスよー」
「ああそうかい!」

互いに軽めの組み手程度のやりとりを続けていたが、気の短いノーヴェは我慢できなくなったのか、次第にラッシュのペースを上げ始める。
しかしウェンディも負けてやるつもりは無く、軽々とその攻勢を受け止めていた。

「こら、やめねーかお前達」
「うっせえ!」

ゲンヤに喧嘩を注意されるのだが、ノーヴェには一向に止める気配が無い。
しかしウェンディが余裕の表情を浮かべているのが気に食わなかったのか、お得意の足技でウェンディの足元を本気で払う。
その一撃が本気だとウェンディは肌で感じ取り、距離を取る為に後ろへ飛び跳ねて避けた。
それが紙一重であった事が僅かばかりだがウェンディの背筋を凍らせる。

「駄目ッスよーノーヴェ。
本気は駄目ッス」
「うっせえ。
いい加減にしないお前にはいい薬だ!
マジで潰す」

不敵な笑みを浮かべながらかかってこいと挑発するウェンディに、ノーヴェは吐き捨てるように答える。
しかしウェンディの頭の中ではその態度とは裏腹に様々な計算が巡っていた。
ウェンディはライディングボード、ノーヴェはガンナックルとジェットエッジを持ち合わせていない為に互いの身体能力のみで戦う事になるが、それでもウェンディには負ける気がしなかった。
ノーヴェは持ち前の前衛として洗礼されたスキルによる怒涛な攻めと圧倒的な火力を持っている。
これだけ聞くと後衛担当のウェンディには勝ち目の無い相手に見えるが、その反面ノーヴェには冷静さが全く存在しない。
勿論、先ほどの一撃からしてノーヴェが本気で潰す勢いで畳みかけてくれば相打ち覚悟になるだろう。
しかし、こういう時に冷静になれる自分なら隙をついて倒す事が出来る。
それが彼女の不敵な態度を取らせている原因でもあった。
勿論やってみなければ分からないが、ウェンディにとっては出来る出来ないが問題にはなりえない。
その計算を試す事が出来る事自体、ウェンディにとっては娯楽の一環なのだ。

「ノーヴェ、後で泣いても知らないッスよ?」
「っめえ!」

ウェンディはノーヴェの攻撃を回避する事が出来ると感じたギリギリの間合いまでじりじりと歩みを進める。
一瞬でもその間合いから外れればウェンディの負けだ。
表情も次第に強張ってくる。
姉妹たちも当初はいつものストレス発散かと思って放っておいたが、次第に本気を出し始める二人の険悪な雰囲気を感じているのか怪訝な表情を浮かべていた。
当事者のノーヴェもウェンディの思考をなんとなく理解したのか、間合いを捉えさせないように動いている。

(後、一歩ッスね……)

ノーヴェとの距離を測っていたウェンディはまるで喉が焼けるような感覚を覚えた。
緊張のしすぎで喉が渇いているのだと理解するのに、唾で喉を鳴らす事で初めて気が付く。
口もかなり渇いているのか、自然と舌なめずりをしてしまうが不快感は感じられなかった。
ノーヴェにはそれが舐めた態度に映ったのか、それともこう着状態に堪え切れなかったのかは分からないが、ウェンディには全力でこちら側に全体重をかける瞬間が見えた。

(一撃目は鳩尾に来るはず……
紙一重で避けて懐に入り、すれ違いざまにそのまま沈める!)

ウェンディはそのシーンを脳内で実行しながら、それを現実に投影しようとした。
が、此処で急に体が後ろに引っ張られる。

「こら、お前達!
二人で遊ぶのもかまわねえが、俺の説明が終わってからにしてくれ」

ゲンヤがウェンディの首根っこを掴んだのだ。
それはノーヴェも同じだったのか、ギンガとチンクに二人がかりで抑え込まれている。
流石のノーヴェもチンク相手には暴れるつもりも無いのか大人しくしているようだ。

「運動不足でストレス溜まってんのも分かるが、本気でやり合うのは止めてくれ。
止める俺らの身にもなってくれや、な?」

ゲンヤはそう言うとウェンディを放すが、ウェンディは久々の濃すぎる戦いに疲れたのかそのままどかっと倒れこんだ。

「ノーヴェ、お前もだぞ。
姉なら我慢するんだ」
「うー……」

ノーヴェはチンクに叱られていたが、複雑な表情をしていた。
チンクの言っている事は最もな諭し方なのだが、非常に理不尽でもあるからかあまり納得していない様子でもある。

「しかしお前さんらが本気で体を動かしたがっていた所を見ると、ストレスの溜まり具合も相当だった訳だな。
激化する前に止められる奴らが居たこのタイミングで良かったと言うべきか」
「当たり前とは言え軽い運動をする時間もあまり取れませんから」
「確かに。
若い頃には突き動かされる衝動ってのがあるからな」

ディードの答えにゲンヤは頷く事しか出来なかった。
こればかりは収容所に付き物の問題なのだ。
一朝一夕で片づけられる問題ではない、

「ま、今日はそのストレス解消の為に呼び寄せたんだからお前達ももうちょっと我慢して話を聞いてくれ」
「ん?
そいやせんせー、重要な話があるって集まったんですけど何があるんだ?」

ゲンヤの呟きに、セインは興味津々といった顔つきで質問した。

「皆は今日の授業の事を覚えてるよね?」
「娯楽施設などが存在する場所だと記憶しております」

ギンガの問いにディードが答える。

「そうです。
皆にはこれから街に行って貰う事になりました」
「おおー!
そりゃ嬉しいッス!」
「あたしもあの話聞いてから行ってみたかったからねー。
まさかこんなに早く行けるとは思ってなかったけどさ」

突然のギンガによる提案に、ウェンディとセインは飛びあがらんばかりに喜んでいたが他の姉妹たちはあまり嬉しくなさそうであった。
この場所に来た理由からして、遊びに行く事はきまりが悪いのだろう。

「とは言っても、ただ遊びに行く訳じゃねぇんだ。
お前達にはきっちりと奉仕活動をして貰って初めて街に少しの間滞在出来るだけだからな。
そこはきっちりしとけよ」
「ん?
奉仕活動って何なんスか?」

ウェンディが不思議そうに尋ねる。
他の姉妹たちも一様に互いの顔を見合わせるだけだ。

「海岸に落ちているゴミを拾ったりだとか、公共施設を掃除したりだな。
その中でお前らの更生プログラムの進行具合を見るって建前で上に通しているんだからくれぐれも変な事はするなよ。
下手すりゃ俺の首が飛ぶ」

ゲンヤが笑いながら首を手でさっと払う仕草をすると、他の姉妹たちもつられて笑っていた。

「確かにそれなら異議は出ないな。
皆も問題なかろう」
「オットー共々、私達は問題ありません」
「いいんじゃないかな」

生真面目組のディードとオットー、ディエチも同意する。

「おし、それなら話は早いな。
街へ行く護送船が出るのは明日の早朝だ。
それまでに準備は終わらせておいてくれよ」
「朝早いのはきついッスよー」
「そのくらい我慢してくれ」

ウェンディの能天気な言葉に、ゲンヤは苦笑いするしかなかった。

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